「サンジェルマン殺人狂騒曲」事件(2)

 一つの英単語に複数の訳語があるとき、翻訳者はその文脈で最もふさわしい訳語を選びます。これが翻訳者の腕の見せどころです。辞書に載っている単語をそのまま引き写したのでは機械翻訳と変わりません。

 「Lanuit de Saint-Germain des-Pre’s」(サンジェルマン殺人狂騒曲)というフランス語の原書を2人の翻訳者が訳し、一方が他方を翻訳の複製であると主張して提訴した事件です。

 

“Alors, nous sommes quittes”は、「それなら借貸なしですね」と通常訳すべきところ、

原告訳「それじゃ、私たちはおあいこですよ」

被告訳「それじゃ、おあいこですね」

“c'est peu neluisant”は、「それは輝きが少い」と通常訳すべきところ、

原告訳「ぱっとせん」

被告訳「ぱっとしない」

このように、辞書に載っている訳語をそのまま使うのではなく、文脈に応じて原告は独創的な訳をしており、被告訳がこれと同じであるということは無視できないということです。

東京高裁は、翻訳の醍醐味を判決文で述べてくれています。

「翻訳の適否は、前後の文脈との関係において、当該語句に対応する日本語としていかなる表現が最も適切であるか否かの問題であるから、各種の辞典類に類似した表現が記載されているというだけでは、直ちに、右辞典類の表現が当該語句の訳語として適切であることを意味するものということはできない」

「各種の辞典の記載に基づき更に推敲を重ねなければ、控訴人(筆者注)の訳語に到達しないものも相当程度存在する」

(東京高裁、平成3(ネ)835、H4.9.24)

筆者注:「控訴人」は「原告」を意味する。

 

 しかし結果的に、全体としては被告の訳書は原告の訳書の複製ではないとされています。この理由は次のブログでのお楽しみです。


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